全固体電池は正極、電解質、負極の全てが固体材料で構成される電池です。現在、最も実用に近いと考えられているのが、リチウムイオン電池の有機電解液をリチウム導電性固体材料に置き換えた形の全固体リチウム電池です。全固体電池研究センターでは、全固体リチウム電池はもちろん、まだ名前もついていないような新しいエネルギーデバイスの開発も視野に入れながら研究を進めています。ここでは少し具体的な研究内容について紹介します。
・硫化物系リチウム導電体の探索
リチウムイオンが高速で拡散する物質として、硫化物系の物質を開発しています。2011年に報告した超イオン導電体Li10GeP2S12(LGPS)は、代表的な材料の1つです。LGPSの結晶構造を調べて、イオン拡散の詳細を明らかにしました。また、その情報を基に元素を置き換えたり、合成方法を工夫したりすることで、LGPS物質群を報告しました。その物質群を使って作成した電池を100℃で充放電させると、リチウムイオン電池より高い出力を示し、固体電池の特徴が少しずつ分かってきました。一方で、硫化物系の材料は大気中で不安定であるという特徴があるので、材料の分解の仕方や、その抑制方法についても研究を進めています。
“A lithium superionic conductor“, Nature Materials, 10, 682-686 (2011)
“High power all-solid-state batteries using sulfide superionic conductors“, Nature Energy, 1, Article number: 16030 (2016)
・酸化物系リチウム導電体の探索
硫化物系に比べてイオン拡散の速度は劣りますが、大気中で高い安定性を示す酸化物系材料も魅力的です。一方、安定であるため、多くの組成はすでに検討済みであり、新物質を見つけることは簡単ではありません。そこで理論化学や計算化学の研究者と連携して、新しい物質探索法の開発を行っています。材料推薦システムでは、既存のデータベースに登録された化学組成を安定組成として学習して、未報告の化学組成の存在確率を予測します。その指針を活用し、合成方法の工夫と組み合わせることで新材料を効率的に見つけることが出来るようになりました。また、イオン導電率が高い化学組成を予測する機械学習モデルの構築なども行い、長い歴史のある酸化物系材料探索に、最先端の手法で立ち向かっています。
“Fast material search of lithium ion conducting oxides using a recommender system“, J. Mater. Chem. A, 8(23), 11582-11588 (2020)
“機械学習によるイオン導電率予測を指針としたリチウム導電性酸化物の探索“, 粉体および粉末冶金, 69(3), 108-116 (2022)
“Extending the Frontiers of Lithium-Ion Conducting Oxides: Development of Multicomponent Materials with γ-Li3PO4-Type Structures“, Chem. Mater., 34(9), 3948–3959 (2022)
・固体電池内部の反応解析
固体電池の中では、イオンと電子が拡散することで充電と放電が進行します。拡散の様子を様々な分析法を使って総合的に観察することで、電池反応を妨げる要因を特定し、その情報を元に電池特性向上を目指します。そのためには、できるだけ単純なモデル電池を構築し、目的に適した実験をデザインすることが肝心です。全固体電池研究センターでは、表面・界面の結晶構造解析や電子構造解析、X線/中性子線反射率解析、イオンビーム解析、顕微鏡その場観察といった手法を活用しています。これまでに、電極の結晶構造変化によるリチウムの拡散性向上、電極と電解質界面における電位変化、充放電にともなう界面のリチウム分布変化を明らかにしてきました。今後は、分析手法の拡張・高度化のみならず、材料の組み合わせの変更、伝導イオン種の変更と解析対象を多元的に拡げ、固体電池内部の現象を俯瞰的かつ統一的な視野で捉え直し、固体電池やエネルギーデバイスの将来像を提案していきます。
“Reaction Mechanism of Li2MnO3 Electrodes in an All-Solid-State Thin-Film Battery Analyzed by Operando Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy“, J. Am. Chem. Soc., 144(1), 236–247 (2022)
“Operando analysis of electronic band structure in an all-solid-state thin-film battery“, Communications Chemistry, 5, Article number: 52 (2022)
・アニオン導電体の探索
蓄電デバイスの基本特性は、電池反応に関与するイオンの種類で決まります。我々は新たな蓄電デバイスの実現を目指して、Li+, H+, O2–などとは異なる新たなイオン種に基づく固体電解質の開発に取り組んでいます。特に水素のアニオンであるヒドリドイオン(H–)は分極率が高く(柔らかく)、適度なサイズと価数を持つ、高速拡散が期待される新たな可動イオンです。我々はこれまで金属酸化物の骨格中をヒドリドイオンが高速拡散するヒドリドイオン導電体を報告しました。近年はヒドリドイオン導電体のイオン導電率の向上を目指した、新材料の探索に取り組んでいます。新材料を合成し、中性子回折測定で構造中のヒドリドの分布を可視化して、さらには第一原理計算を用いてヒドリドの拡散障壁を求め、結晶構造とヒドリドイオン導電性の相関を明らかにすることで、ヒドリドイオン導電体の設計指針確立を目指しています。
また、全固体電池研究センターではフッ化物イオン(F–)導電体の開発に取り組んでいます。フッ化物イオン導電体の開発の歴史は長く、80~90年代に数多くのフッ化物イオン導電体が報告されています。近年では、全固体フッ化物電池の出口戦略のもと、改めてフッ化物固体電解質の重要性が高まり、電気化学的に安定かつ高いイオン導電性の新材料創出が望まれています。我々は、第一原理計算や情報科学的手法を駆使して、膨大に広がる材料探索空間から効率的に有望な固体電解質材料を見つける取り組みを進めています。
“Pure H– conduction in oxyhydrides“, Science, 351(6279), 1314-1317 (2016)
“Hydride-ion-conducting K2NiF4-type Ba–Li oxyhydride solid electrolyte“, Nature Materials, 21, 325–330 (2022)
“Reversible Charge/Discharge Reaction of a Ternary Metal Fluoride, Pb2CuF6: A Highly Conductive Cathode Material for Fluoride-Ion Batteries“, ACS Appl. Energy Mater. 5, 1, 1002–1009 (2022)